大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和59年(あ)1498号 決定 1985年7月22日

本籍・住居

広島県府中市土生町一四八八番地の一

自動車運転教習所経営

橋本次雄

大正七年六月三〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五九年一〇月二三日広島高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人中川哲吉の上告趣意第一点は、違憲(三〇条、三一条)をいう点も含め、その実質は事実娯認、単なる法令違反の主張であり、同第二点は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 角田礼次郎 裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一 裁判官 矢口洪一 裁判官 高島益郎)

○ 上告趣意書

被告人 橋本次雄

罪名 所得税法違反

一審 広島地方裁判所

二審 広島高等裁判所

判決言渡期日及び量刑

(1) 一審 昭和五八年一〇月六日

懲役一年二月及び罰金二、〇〇〇万円、但し懲役刑については三年間執行猶予

(2) 二審 昭和五九年一〇月二三日

控訴棄却

右被告事件につき、弁護人は左記のとおり上告趣意を陳述致します。

昭和五九年一二月一四日

右弁護人

中川哲吉

最高裁判所第一小法廷 御中

第一点 事実誤認など

原判決は、被告人が所得金額から次の必要経費が控除されるべきである旨主張したのに対し、租税公課の点を除いてはいずれも必要経費になるものではない旨、また租税公課の点の誤認についても判決に影響を及ぼすものではない旨認定されているものである。

しかしながら、

原判決の右認定は事実を誤認しており、かつその誤認が判決に影響を及ぼす重大なもので、これを破棄しなければ著しく正義に反し、また憲法第三〇、三一条にも違反するといえるものである。

以下陳述する。

一 租税公課について

原判決は、被告人の主張を認められているものである。

二 旅費、交通費について

被告人は、被告人が広島県指定自動車教習所連合会、中国地区指定自動車教習所連合会の役員等として出張したとき支払った旅費、交通費の一部合計金四九万四、九〇〇円(昭和五四年分金三万円、昭和五五年分金九万円、昭和五六年分金二七万四、九〇〇円)は右出張に要した必要経費として所得金額から控除されるべきである旨主張しているものである。

しかるに、

原判決は、いずれも領収書などこれを裏付ける資料がないことを理由に必要経費として認められない旨認定されているものである。

しかしながら、

被告人が原審で主張、立証している広島国税局が右出張のため駐車した駐車場料金についてはこれを必要経費として認めていること、原審で提出している弁第一ないし四号証、証人橋本浩の証言、被告人の当公判廷における供述、さらには経験則上国鉄料金、タクシー代については領収書をもらわないことが通例であることを考えれば右旅費、交通費は必要経費として所得金額から控除されるべきものである。

三 修繕費について

被告人は、被告人が自動車学校の植木の手入れの費用として昭和五四年一月二五日府中造園に支払った金一〇〇万七、〇〇〇円と場内練習コースの夜間照明灯の修理、改善費として昭和五六年一月三〇日株式会社児玉電工社に支払った金六〇万円はいずれも必要経費として所得金額から控除されるべきである旨主張しているものである。

しかるに、

原判決は、府中造園の行った作業には従来からあった植木の手入れと新たな植木の植樹とが含まれており、また児玉電工社の行った工事も従来からあった照明灯の修繕と新たな照明灯の設置工事が含まれているところ、右手入れと植樹、修繕と新設の費用が特定されることなくいずれも単年度の必要経費として申告されており、そうすると右の作業、工事費のうち植樹、新設工事の費用は資本的支出であるから単年度の必要経費として認めることはできず、取得した年から毎年減価償却費相当額が必要経費として認められるにすぎないところ、本件の場合右の植樹、新設工事費用が特定されていないのであるから全額について費用と認めることができない旨認定されているものである。

しかしながら、

府中造園の行った作業が正月前学校コース内の植木を手入れしたものであり、また児玉電工社が行った工事がコース内の照明を明るくするための修繕工事であったことは原審で提出している弁第五、二九号証、証人橋本浩の証言及び被告人の当公判廷における供述から明らかであるから右修繕費は必要経費として所得金額から控除されるべきである。

なお、

原判決は、小島静夫の検察官に対する供述調書を前記認定の証拠とされているが、同人は同調書において被告人が必要経費として主張している金一〇〇万七、〇〇〇円は同人が昭和五三年一二月ごろから翌年一月中旬ごろまでの造園作業により被告人から支払ってもらったもので、その内訳けは学校分金五〇万八、五〇〇円、校主荒地分金四九万八、五〇〇円である旨供述しているが、右供述に信用性のないことは右校主荒地分は被告人が原審で提出している弁第二五ないし二八号証から明らかなとおり被告人が昭和五四年二月二〇日から昭和五五年一月一〇日にかけて買受けているのであるから同人が供述しているように昭和五三年一二月ごろから翌年一月中旬にかけて被告人が同人に校主荒地分の造園作業を依頼していることがありえないということから明らかである。

四 消耗品について

被告人は、被告人が(1)昭和五四年二月二三日から昭和五六年三月一七日までの間に佐藤商店に支払った金一六万三、六〇〇円のうち金九万円は自動車学校教習生の鑑賞用として飼育している鳥や魚の飼料代であり、(2)昭和五四年八月二八日ダイエー福山店に支払った金五万二、〇〇〇円は同校託児室に置くためのベビーベットの代金でいずれも必要経費として所得金額から控除されるべきである旨主張しているものである。

しかるに、

原判決は、岩崎証言などからいずれも必要経費として認められない旨認定されているものである。

しかしながら、

右飼料代が学校教習生の鑑賞用として飼育していた鯉などの飼料代金であること、またベビーベットが学校託児室に置くためのものであったことは第一審検察官証拠番号九、証人橋本浩の証言及び被告人の当公判廷における供述から明らかであるから右飼料代等は必要経費として所得金額から控除されるべきである。

五 雑費等及び利子について

被告人は、府中茶華道専問学校は府中自動車学校の事業の一環として設立されたものであるから被告人が昭和五四年から同五六年までに支払った同茶華道専問学校の雑費、修繕費、消耗品費合計金一九八万一、四六〇円は必要経費として所得金額から控除されるべきである、また被告人は府中農業協同組合に借入金の利子合計金三、八一五万五、八四〇円を支払っているが、右借入金のうち昭和五四年借入れの合計金八、〇〇〇万円は同茶華道専問学校敷地の購入資金、昭和五五年借入れの金二億七、〇〇〇万円は同校校舎、府中自動車学校休憩室、託児室被告人の居宅の建築資金であるから右利子のうち金三、三七三万一、七七七円(居宅部分の建築資金の利子に相当する額二〇パーセントを差し引いたもの)は必要経費として所得金額から控除されるべきである旨主張しているものである。

しかるに、

原判決は、府中茶華道専問学校は被告人が茶華道に趣味があり、その趣味を生かすため設立したもので、これによって採算がとれるとは考えなかったこと、前記自動車学校の休憩室、託児室は昭和五七年から事業の用に供するに至ったことを理由などに右雑費等及び利子を必要経費として認められない旨認定されているものである。

しかしながら、

被告人が原審で提出している弁第一一ないし一六号証、証人橋本浩の証言及び被告人の当公判廷における供述から明らかなとおり府中茶華道専問学校は自動車運転免許について昭和四〇年頃から国民皆免許時代といわれるようになり、昭和五〇年代には成人男子の大半が運転免許を取得している状況になったことから自動車学校も男子生徒が減少し、その不足分を女子生徒で補充し経営を維持するようになり、府中自動車学校の場合も昭和五一年度の卒業生では五〇パーセント、昭和五四年度の卒業生では六〇パーセントをそれぞれ女子生徒が占め、この傾向は府中自動車学校のような小都市の場合ますますひろがるようになったことから被告人が新規事業として茶華道専問学校の設立を考えるようになったものである。

即ち、

女性が運転免許を取得して行動できるようになったとき趣味として茶華道を習うのが最適ではないかと考え卒業生、在校生に呼びかけるとともに運転免許を取得していない女性については自動車学校の送迎バス(現在福山市、神石郡、甲奴郡、世羅郡の各方面に運行している)を利用してもらって広い範囲から生徒を募集し(ひいてはこれらの女性に自動車学校で運転免許を取得してもらうため)従来にない新しい茶華道の専問学校を考え、茶道の教師二名、華道の教師一名、助手事務員一名の構成で昭和五七年五月開校し、新聞、テレビ広告などあらゆる宣伝媒体を利用して生徒募集して現在に至っているものであるから府中茶華道専問学校が府中自動車学校の経営上の必要にせまられ、その事業の一環として設立されたものであること明らかといえるから右雑費等及び利子は必要経費として所得金額から控除されるべきものである。

第二点 量刑不当

原判決は、被告人の量刑不当の主張を理由のない旨認定されていますが、原判決の量定は次の情状を考慮すると甚しく不当であってこれを破棄しなければ著しく正義に反すると思料されますので以下上申致します。

一 前記のとおり広島国税局が被告人主張の必要経費を否認したことが一部誤っていること。

二 本件は、被告人の払う税金は少く済めばそれにこしたことはないという安易な考えによるもので、第一審相被告人浩としても前記の事情からこれに協力するようになったが、結局は被告人らの経理、ひいては税申告に対する認識不足(浩は調査官に対し「青色申告の特典として繰越欠損金の翌年での控除などが認められる等のことは常識として知っております」旨供述したことになっているが、かかる供述をしたことはない、これらのことは前記必要経費についての認識不足、株式会社広島県府中自動車学校の昭和四八、四九年度の確定申告書からも明らかである―原審提出弁第一九、二〇号証)が本件犯行に至った原因といえるもので、もし被告人らが脱税について罪の重さ、そして結果の重大さを知っていたならば被告人らとしても本件犯行に至っていないといえること。

三 それだけに、

被告人としても本件で立件されてからは自己の浅慮を深く恥じるとともに自己の行為を心から反省しているもので、二度と同じ過ちを繰り返さないことをつよく誓っているものである。

その結果、

本件後は前岡忠士税理士に府中自動車学校の経理、税申告などを正式に依頼し、同税理士と相談しながら正しい税申告をしているもので、被告人の右心境など考えたとき再犯のおそれは全くないといえること

四 被告人は当然のことではありますが、本件後昭和五二―五六年の所得につさ修正申告をなし、その結果本税及び重加算税で合計金一億八、七三二万九、〇〇〇円支払うことになり、現在まで合計金一億三、八二〇万円支払っており、残金についても広島国税局と話合いのうえ大蔵省へ右債務支払いのため担保提供している府中市目崎町の土地が売却でき次第支払うことになっているものである(第一審提出弁第一、二、一一、一四ないし一八号証、原審提出の弁第二一ないし二三号証、原審公判廷における被告人の供述)

五 被告人は本件についての社会的責任を痛感し、本件後府中交通安全協会の常任理事などを辞職するなど現在まで反省の日々を送っていること

六 被告人は本件で新聞、テレビなどのマスコミに大々的に報道されたことや、週刊誌にまこと興味本位的に取り上げられたことにより長い人生救いえない社会的制裁を受けているもので、そのため府中自動車学校の経営についても従来に比して収入減など種々な障害が発生しており、ある意味で本件により十分罪の償いを受けているといえること

七 被告人は本件まで屋外広告物条例違反などによる罰金刑のほか前科なく、同種の前歴も一切ないこと。

などの情状を綜合勘案頂いたとき原判決の量定は甚しく不当であってこれを破棄しなければ著しく正義に反すると思料されますのでできる限り寛大な判決を賜りたく、右上申致します。

以上

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